「贅沢な世界の中に・・・。ぱあと4」   神久夜サマ
目覚めるとそこは闇だった・・・。
漆黒の闇。混沌とした世界。
彼の目に、赤い紅蓮の光が灯る。
―嗚呼、あれは血だろうか・・・。
彼が殺してきた無数の人の。
その赤色は、とても冷たく思えた。

「−−−犬夜叉!!!」
がばっと彼は飛び上がった。
―そうだ。自分は気を失っていたのだ。『赤い』着物を着た彼をおっていると、
結界にはじかれてしまって・・・。嗚呼。太陽が東にある・・・。
いつか煉骨の兄貴が言ってたっけ・・・。
太陽は東に沈むとか何とか・・・。
じゃ、今は夕方かな・・・。
気を失ってからさほどたったわけじゃねぇみたいでよかった。
また、彼は歩き始めた。
独り、朝の霧の中を・・・。

「ったく、犬夜叉は何処へ言ったんだよ!?」
彼の名は蛇骨。
単刀直入にいうと、犬夜叉に会ったときから犬夜叉に首っ丈の少しばかり妙な男である。
そんな蛇骨が今探しているのはやはり、犬夜叉。
気絶したのが昨日の夕方近く。気づいたのが今朝。
こんなに長い時間がたっているのだ。
当たり前に犬夜叉はどこかへ行っているはずだが、
蛇骨は今はまだ昨日の夕方だと思い込んでいるらしい。
この男の頭が少しばかり悪いのも事実である。
森の木を蛇骨刀で、なぎ倒しながら蛇骨は何時間も森を突き進んで行った・・・。
が、どんどん陽が高くなっているではないか。
もしかして・・・。今は昼か?
そう思った瞬間、『それじゃ、犬夜叉がここにいるわけねぇじゃん!!』
と、やっと頭の中にその考えが浮き出た。
しかし、森の中を彷徨い続けたのだ。ここが何処だか分かりもしない。
『ま、いいか。歩いてりゃ、そのうち出られるさ。』
そう思った瞬間、蛇骨は眩しい光を目にした。
なあんだ。思ったより簡単に出られたな。
蛇骨がそう思った瞬間、パンと痛々しいほどまでの頬を叩く音がした。
「なんだぁ?」
蛇骨は、急いで森を出た。
すると、犬夜叉といつも一緒にいる、退治屋の女と法師だった。
法師の頬には手形がくっきりと付いている。
「また、女の尻でも触ったのか?」
「さわりませんよ!!」
蛇骨が言うと、なんか、いやにむきになって法師がいう。
「はぁ、まぁったく、女の尻の何処が良いんだよ?
あんなつまんねぇもん触っても何にもなんねぇぜ?
法師。俺と遊んだほうが価値があるっつーの!!」
蛇骨はそういうが早いか蛇骨刀を振り回した。
蛇のようにうねる刃。
それが法師に当たりそうになった。
それを、女が飛来骨で受け止めた。
「悪かったね!!つまんないもので!!」
珊瑚が激怒した。
−ったく、男と遊ぼうとするといっつもあの女が邪魔するんだよなぁ。うざいったらありゃしねぇ。
「何怒ってんだよ。」
「五月蝿い!!飛来骨!!!」
珊瑚の武器、巨大ブーメランが宙を掻いた。
反射神経のいい蛇骨の事だ。これくらいのもの、すぐによけられる。
それくらい分かっていたとでも言う様に、珊瑚は腰の刀を抜き蛇骨に飛び掛る。
蛇骨は接近戦は不向きなのだ。
そんな珊瑚を見て蛇骨は思った。
−まるで、お前みてぇだよ。
暖李。

そのころ、森で気絶していた神無が目を覚ました。
横に、蛇骨の姿がない。
「・・・蛇骨!!」
神無は立ち上がった。
―何処に行ったのだろう。
そればかりを考えて彼女は走っていた。
何分走っただろう。
暗闇を、彼女は蛇骨をめがけて走っていた。
そして、森を抜けた。
そこには蛇骨がいた。
が、退治屋にやられそうになっている。
どうしたというのだろう。
何かに見とれているような目だった。
―とにかく、助けねば!
無我夢中で走り、退治屋の前に立ちふさがる。
鏡で退治屋の魂を吸い取る気だった。
だが、退治屋のスピードが速すぎた。
生々しい血が神無の腹から流れ落ちる。
「神無!!」
退治屋が駆け寄ってきた。
―嗚呼、この人は敵ではなかったか・・・。

「どう?大丈夫?」
「あたりめぇだ。こいつは、あたしの姉貴だぞ!?そう簡単にくたばりゃしねぇよ。」
「でも、どうしたの?そんな傷・・・。」
「あたしがやったんだ。蛇骨は四魂のかけらで命をつないでる。
だから、少々傷つけたって大丈夫だと思ってたんだ。そしたら、神無が・・・!!」
「珊瑚、そう自分を責めるな。」
「って、何法師は女をかばってるんだよ!?そいつは俺の腸抉り取る気だったんだぞ!?」
「お前は死なんだろう。」
「・・・ったく、つめてぇなぁ。」
「おめぇら馬鹿みてぇな事言ってねぇで、神無の心配しろよ!」
そんな会話が聞こえた。
しばらくすると、誰かが出て行く音がした。
そして、目を開くと、皆がいた。
「大丈夫?神無。」
蛇骨を倒そうとした女だった。
「蛇骨は・・・?」
起き上がろうとすると神楽がとめる。
「ああ、寝てな。いくら妖怪でもそんだけの傷負ってちゃあ、やばいぜ。」
「蛇骨は・・・?」
もう一度たずねると、かごめが答えた。
「蛇骨は犬夜叉達と草村に行ったわ。」
軽くため息をつきながらかごめが言う。
「全く。自分を庇ってくれた女の子の心配ぐらいしなさいよね!!
犬夜叉も犬夜叉よ!!そんな蛇骨にのこのこついていくんだから!!」
しかし、神無が聞きたかった事はそんな事じゃなかった。
神無はもう一度尋ねた。
「蛇骨は・・・怪我、してないの・・・?」
「あ、ああ。してないよ。神無が庇ったおかげだね。」
退治屋が答える。
―良かった・・・。
ほっとした瞬間、眠気が襲ってきて神無は眠りについた。

一方、蛇骨と犬夜叉と弥勒は草むらで話していた。
「なぁ、蛇骨。おめぇ、何で神無に怪我なんかさせたんだよ?」
「はぁ!?俺の知ったことじゃねぇよ!!あいつが勝手に飛び込んできたんだ!!」
「しかし蛇骨。お前が珊瑚の攻撃をかわそうとしなかったから、神無が飛び込んできたんだ。
お前がかわそうとしたら、神無は怪我をせずにすんだのではありませんか?」
「だぁーかぁーらぁー!!俺が女の攻撃を受けようが受けまいが俺の勝手だろぉ!?
それに、本を正せば法師のせいなんだぞ!?」
「何故私のせいになるのです?それに、何故お前は珊瑚の攻撃を受けようと思ったのです?
珊瑚の攻撃は半端じゃありませんよ?」
「そ、それは・・・。ちょっと、暖李のことを思い出してたんだ・・・。」
蛇骨が消え入るような声で答える。
「あ!?聞こえねぇよ!」
「あー、もういいだろ!?とにかく、法師があの女の尻を触ったのがいけないんだっ!!」
「だから、私は尻なんて触ってませんよ!!」
「弥勒!!おめぇ、また珊瑚の尻なでやがったのか!?」
「だから誤解ですって!!」
そんな会話が延々と続いていた。

しかし、そんな会話を木の上からひっそり見下ろしているものが一人いた。
桔梗である。
「全く。あいつらは何時まであの会話を続ける気なのだ?」
そう桔梗が言った瞬間、話が中断した。蛇骨が急に眠たくなった。と言い出したのである。
「なんで眠てぇんだよ?」
「お前は死人でしょう?」
「死んでる奴でも眠てぇものは眠てぇの!!さ、早く寝ようぜ!!」
「さてはてめぇ!!寝首かこうとしてやがるな!!」
「全く。油断も隙もありませんな。」
「違うってば!!とにかく、俺、寝るからな!!お休み!!」
すると蛇骨は勢いよく倒れこみ、すーすー寝息をたてているではないか。
ま、いいか。」
と、犬夜叉と弥勒はそんな蛇骨を見、犬夜叉は蛇骨のすぐそばで、
弥勒はそこから少し離れたところで眠りについたのである。
「何をしているんだ、あいつらは。」
言い争いをしているかと思えば、急に眠ってしまう。
馬鹿馬鹿しくて見ているのにも飽きた桔梗は、死魂虫に乗り、
少し近くを散歩してみようかとその場から離れるのであった。
しかし、実際は違った。
蛇骨は寝ていなかったのである。
爆睡している犬夜叉。
そう、こんな犬夜叉なら!!なんでもし放題だ!!
抱きつこうが、何をしようが逃げないに決まっている!!
そんな魂胆で眠ったふりを蛇骨はしていたのである。
「フフフフフフフフフ・・・・・。」
蛇骨がそんな笑みを浮かべたとき、彼女達の背筋に悪寒が走った。

「蛇骨!?」
「あ?なんだ、神無か・・・。ったく、驚かせんなよなー。」
神楽が面倒くさそうに自分を見下げていた。
「神楽、私を、蛇骨のところへ連れて行って・・・。」
さらに嫌そうな顔をして神楽が言う。
「あ!?腹の傷は治ったのかよ?」
「いいから!!早く!!」
神無がそういうと、
「わぁったよ、早く乗んな。」
神楽は諦めたかのように神無を羽に乗せ蛇骨のところへ急いだ。

その頃、かごめの背筋にも悪寒が走った。
「犬夜叉!?」
小川で水浴びをしているとかごめが急に立ち上がるので、
七宝はこけて、びしょびしょになってしまった。
「どうしたのかごめちゃん?」
珊瑚がたずねる。
「あ、あのね・・・・・・いやな予感がするの・・・。犬夜叉に何かあったんじゃないのかしら・・・。」
「まさか、法師様もそれに巻き込まれてるんじゃあ?」
「可能性は十分にあるぞ!!」
七宝に後押しされて、かごめと珊瑚と七宝は雲母に乗って犬夜叉と弥勒のいる場所へ向かった。

「!」
その頃、桔梗にも悪寒が走っていた。
―どうしたというのだろう。この胸騒ぎ。
「嫌な予感がする。」
そういうと、桔梗はぴたっと立ち止まった。死魂虫は止まれず、少し行き過ぎてから止まった。
「お前たち、早く私を犬夜叉のもとへ運べ。」
そして、桔梗と死魂虫は犬夜叉のもとへ急いだ。

その頃、蛇骨はあまりにも無防備な犬夜叉の前で悩んでいた。
「う〜ん・・・・。何しよっかなー・・・。抱きついても良いんだけどさー、
せっかくだからもっとやりがいのあることを・・・。」
すると、犬夜叉が何かを言った。
「ん〜?」
蛇骨が顔を近づけると、今度ははっきりと聞こえた。
「桔・・・梗・・・・。」
どうやら犬夜叉の寝言らしい。
「ったく。あの女のどこが良いんだろーなー・・・。」
さらに蛇骨は顔を近づける。
―犬夜叉って、睫なげーのなー・・・。よくよく見ると殺生丸に似てねえこともねえな。
そんなことを考えていた矢先に蛇骨は頭をぐいと引き寄せられる感触を覚えた。
そして、犬夜叉の唇と蛇骨の唇が重なり合った。

その時、かごめ・珊瑚・七宝・神無・神楽・桔梗が1度に終結した。
弥勒は、少しばかり前から、蛇骨の行動を伺ってはいたのだが、
犬夜叉がこんな事をするとは思ってもいなかったので、目を見開いていた。
そして、皆は愕然とした。目の前の光景に。
そう、まだそれが逆ならばきっと、きっとここまで愕然としなかったであろう。
蛇骨でさえ、驚愕のあまり自分が何をされているのか把握するまでに時間がかかった。
そして、その静けさを破ったのが犬夜叉、当人である。
「うわっ!?なんだ〜!?」
犬夜叉は目覚めると同時に高く跳躍し、蛇骨から一気に離れた。
「てめえ、蛇骨!!何てことしやがる!!」
犬夜叉はつばを草むらに吐き捨てながら言った。
「って、おい!!俺がされたんだぞ!?」
「なんで、俺がおめぇに接吻なんてしなくちゃなんねぇんだ!!」
「やったもんはやったんだもん。」
蛇骨は、ついとそっぽを向く。
その時、犬夜叉の背中で、犬夜叉の前で、二人の女が怒りに燃え、壁のように立ちふさがっていた。
「な、なんだよ。」
「犬夜叉・・・。」
微笑みながらかごめが言う。
「蛇骨にキスしたいんなら、そういってくれれば良いのに。」
「お、俺は、蛇骨にキスなんてしてねぇぞ!!」
犬夜叉は、必死になって弁解する。
「でも・・・やってたのは事実でしょ!?」
かごめの怒りが炸裂する。
犬夜叉が、これはやばいと思い、後退りをすると、はかまを着た女性にぶつかった。
桔梗である。
「犬夜叉・・・。」
こちらもまた、笑顔であった。
「き、桔梗、お、俺は・・・。」
言葉に詰まりながら必死になって弁解しようとする犬夜叉の努力は空しく、桔梗には伝わらなかった。
「犬夜叉、お前にそんな趣味があったとはな。」
軽蔑のまなざしで桔梗が見る。それは、かなりの怒りを含んでいた。
かごめと桔梗、二人に囲まれた犬夜叉に話す術も無く、ただただ、空しく叫び、
そして、何故自分はあんな事をしてしまったのかという思いに駆られていた。
七宝の目に、犬夜叉は小さく写った。
その頃の、神無と蛇骨はというと。
「蛇骨・・・。」
神無は、今にも泣き出しそうな顔をして蛇骨の顔を見る。
「なんだよ。」
「ごめんね・・・?守ってあげられなくて・・・。」
いつも消え入るような声の神無だが、その時は、いっそう小さく聞こえた。
「何でお前が俺を守るんだよ。」
蛇骨は言う。
「私は妖怪で、貴方は死人だから・・・。貴方の生命力は、極端に低いから・・・。」
「・・・はぁ?何で、犬夜叉にキスされたぐらいで命に関係するんだよ。
こっちなんか、寿命なんて無いけどさ、寿命が延びた気分でいるんだぜ?」
「・・・そうなの?キスされて、気分、悪くなかったの・・・?」
「悪いわけねぇじゃん。どっちかって言うと、良いほうだぜ。」
その言葉に、神無は切れた。
―何故、なのだろう?何故、私が好きだという事が伝わらないのだろう?
切れたと言っても、怒り狂うわけではなく、
まだ精神的に大人になりっ切っていない神無のことだ、なき始めてしまった。
「おいおい、泣かすなよなぁ・・・。」
神楽が切れる。いつの間にか、シスコンになってしまっていた彼女であった。
「ったく、お前を殺しちゃあ、神無が泣くだけだから、殺しゃあしねぇけどよ。
神無が泣かなかったら、お前なんて木っ端微塵だぜ?」
不敵な笑みを浮かべる彼女に、蛇骨は怯えた。
しかし、怯える前に何か懐かしいものを感じた。
―暖李。
しかし、そんな想いは神楽の笑みによってかき消されてしまったのだけれど。
そして、真相は。
「ねぇ、何で犬夜叉は蛇骨に接吻なんてしたのさ?」
「ああ、桔梗様の夢を見ていたんですよ。」
「ははっ。桔梗に接吻しようとしてたんだ。」
呆れ顔で珊瑚が言う。
「そして、間違えて蛇骨にしてしまった・・・と、言う所でしょうな。」
なにやら、犬夜叉が不憫に思えてきた、珊瑚と弥勒であった。

そして、彼らの1日は過ぎて行く。

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「贅沢な世界の中に・・・。ぱあと5」   神久夜サマ
「兄貴?そんなに気に入ったのかよ?あの女?」
「あぁ。」
「なら、なんで殺さねぇんだ?」
「何で殺すんだよ?」
「俺は、好きなものは何でも壊してきたし、何でも殺してきたぜ?」
「俺は、そんなことしねぇな。」
「なんでだよ?」

伝説の修行場(序章)

彼らは、森の中にいた。
その森には、最高の修行場があるという。
彼らは、そこを目指していた。
その修行場で修行すると、妖怪など怖くないという風に強くなれると聞いた。
その少年達が妖怪と戦うかは話が別だが。
その少年達の年頃はというと、三つ網をした少年のほうが16で、
頭の上で髪を結った少年の方が19ぐらいだろうか。
彼らは、ひたすらその修行所を目指して歩いていた。
しかし、何時まで経っても目的地にたどり着かない。
せめて地図でもあればと三つ網の少年は思った。
自分よりも貧弱な少年が余りにも息を切らして居た堪れなくなったからである。
地図が無いのはどうしてかというと、もともと無いのである。
伝説に残っているだけで。
しかし、その土地があるという確証はある。
たまにそこの住人が周りの土地に降りてくるのだ。
その土地は、外界からは隔離され、税の無い暮らしを送っているとも聞いた。
気楽なものだと村のものは言っていた。
三つ網の少年はあれこれ考えるうちに、大きな堀を見つけた。
「おい。」
「何だよ、兄貴?」
「堀だ。」
「それがどうしたんだよ?」
「ってことは、この近くにあるんだよ。城か、村がな。」
「あぁ、そうか。でも、こんな辺鄙な所に城なんて・・・」
「そうだよ。村も考えられねぇ。ってことは、此処がそうなんだよ。俺達が求めていた、修行場だ。」
「マジかよ!?」
「あぁ。ご丁寧に柵まで張ってある。」
「でっけぇなー。」
髪を結った少年は額に手を当て、大げさに驚いてみせる。
その時だった。
「誰だい?あんたら。この辺りの奴らじゃないみたいだけど。」
茶色の髪をした女が現れた。
「俺かよ?俺は、蛮骨ってんだ。」
三つ網の少年はそう答えた。
「女に話す義理はねぇよ。」
髪を結った少年はそう言った。
それを気にも留めずに女は言う。
「そう。
あたしの名前は、暖李っていうんだ。
悪いけど、こっから先は立ち入り禁止だよ。
色んな秘密があるんだ。
さ、おいで、雲母。」
雲母と呼ばれた猫の様な妖怪はミュウと鳴いて暖李の傍へかけよった。
「待てよ!俺達、ここで修行したいんだ!!」
蛮骨は言った。
此処で修行しなければいけないという義務もないし、責任も無い。
只、少年は強くなりたかった。
それだけの為に彼は、何故か必死になっていた。
声が訴えていた。強くなりたいと。
「あのね。悪いけど。
あんたら、武器持ってないじゃないの。
武器ぐらい持って来たらどうなの?
うちの修行場はね、入門するとき、まず、あたしと戦うの。」
何と無く、衝撃的な事実を蛮骨は知ってしまった。
「それで、勝ったら良いってこと。
勿論、殺し合いなんてしないけど、殺す気でやらないと時間はかかるよ?
時間がかかるどころか、負けちゃうかも。
つまり、武器はあったほうが良いって事。
素手で戦ってもそりゃいいけどさ。
あたしは手加減しないよ?」
暖李は勝つという絶対的な自信を持っているようだった。
それが、何故か蛮骨には気に食わなかった。
「おい、待てよ。素手でも良いんなら、その勝負、今此処でやってやろうじゃねぇか!!」
「っておい!マジかよ!?」
横で、退屈そうに聞いていた髪を結った少年はいきなりの事に驚いていた。
それは、暖李も同じ事だった。
「はっ。自信、あるんだね。
女が勝負かけてくるって事は、それなりに強いって事。
それくらい、考えられるんでしょ?」
「勿論だ。」
「いいよ。来な。
只、もう一人の奴。偽名でいいから、名前、言いな。
まさか、此処で修行終わるまで待つんじゃないだろう?
修行をしないにしても、うちで待ってもらう事になる。
って事は、名前の分からない奴が来る事になる。
すると、うちの村が暗くなる。
そんな事になっちゃ困るんだよ。」
どういう理屈だ。
髪を結った少年は思った。
只、暖李という女の微笑がどうしようもなく懐かしいものに見えた。
そんなもの、知らないのに。
だから、言った。
「蛇骨。」
「分かった。」
女は歩いていった。
その後を追って蛮骨も。
そして、蛇骨も。

「帰ったよ!」
「お帰りー、暖李ちゃん!!」
櫓のような物の上から叔母さんが叫んでいる。
「誰だーい?その子等―。」
「修行するんだってさー。」
「じゃあ、劉慶の出番だねー。」
「そうだな!!」
一通りの会話が終わると柵の門が開く。
ギィと言う音がして開いたかと思うと、そこは何処の村でもありそうな長閑な風景だった。
子供達は駆け回り、大人達は収穫した稲穂を叩いていた。
きっと、草鞋にでもするのだろう。
子供のうちの一人が暖李の傍へ駆け寄る。
「暖李さん、お帰んなさい!」
「珊瑚ちゃん・・・!ただいま。
珊瑚ちゃん、悪いけど、劉慶様呼んでくれる?」
「父様?どうして?」
「修行をしたいって人がいるんだ。」
暖李がそう言うと珊瑚はにわかに明るい顔をして、
「分かった!」
と言うと、駆け出していった。
「ったぁく。うざってぇ女共がうじゃうじゃいやがる。」
「不服か!」
「へいへい。」
蛇骨はペロと舌を出して暖李を睨みつけた。
対する暖李もきっと睨みつけてくる。
びくっと蛇骨は震え上がった。
「あ、兄貴、こえぇよー・・・」
「あ、あぁ・・・」

「君達が、蛇骨君と蛮骨君か。」
なんで俺が後に呼ばれるんだよ!そう思いながら、
「そうだ。」
と、蛮骨は後に続ける。
「暖李の睨み付けにも怖がらずに来たようだな。」
「りゅ、劉慶様!!」
はっはっはっと劉慶と呼ばれる男は豪快に笑う。
年のころは、24といった所だろう。
赤くなって怒る暖李も見物だった。
ちなみに、暖李の年のころは、19あたりではないかと思う。
「で、父様?」
劉慶が座っている椅子の前にある机に顔と腕を乗せて、
暖李に、珊瑚と呼ばれていた童女が、少しふくれっつらで劉慶に尋ねる。
「いつ、試験するの?」
「ん?そうだな・・・。明日にでもするか。」
「本当!?」
「あぁ。約束だ。」
きゃぁっと笑う珊瑚。
珊瑚は家の中をどたどたとはしゃぎ回った。
「あいつ、何歳だ?」
蛮骨が暖李に尋ねた。
「今年で4つだ。
負けず嫌いだし、武器の使い方もうまい。
あいつは、大物になるんじゃないかと思っている。」
「暖李が大物っつーんだったら、もんのすんげー、女になるんだろうな。」
蛇骨が茶化した。
その瞬間、蛇骨の腹には暖李の拳が殴りこまれていたのだが。
「いつからこの山を上がってきたんだ?」
劉慶が尋ねる。
「あ、ああ。今朝だ。」
蛮骨が言うと、劉慶はふむと唸った。
「中々早く上がってきたな。
遅いものなら、1週間ぐらい山をさ迷い歩いているものだが。」
「そうなのか?」
「ああ。
ま、今日は、もう、暗い。
早く寝たらどうだ?
明日、暖李と試合をするのだからな!
暖李は手ごわいぞ。」
それだけを言い残すと、劉慶は立ち去って行った。
その代わり、珊瑚という童女が蛮骨たちを案内した。
「こっちよ。」
蛮骨の袖を引っ張って珊瑚は隣の家に蛮骨たちを連れてきた。
家といっても、修行者専用の家なのか、そこには誰もいなかった。
その日、彼らは早く寝た。

そして、朝。
「おい、蛇骨!起きろよ!おい!」
体を揺さぶられて、蛇骨は起きた。
目をこすりながら、まだ、眠たそうにしている。
「何だよ、兄貴。」
「何言ってんだよ!今日は試験の日だろーがっ!」
蛮骨は厭きれた様に蛇骨の顔を見る。
「そういや、そうだったな・・・。」
まだ、ぼんやりとしながら蛇骨は着替え始めた。
蛮骨はとうの昔に着替え終わっていたが。
と、その時。
「どう?調子は?」
がらっと、家の戸を暖李が開けたのだ。
沈黙が数秒彼らの間に下りてきた。
そして、暖李は必然的に悲鳴を上げた。
「なっ!なんだよ!俺は悪くねーぞ!!」
「朝日が昇っても着替えてないなんてっ!
このっ!変態!!女嫌いのくせにっ!!」
「女嫌いは関係ねーだろーが!!
大体、俺は変態じゃねぇっ!!
更に言うなら、見られたのは俺だっ!!」
「見た方が絶対に虚しいんだよっ!!」
戸を背にして暖李は叫ぶように抗議する。
対する蛇骨も意味など無いのだが、背中を戸に向け、急いで着替えをした。
「だから、早く起きねぇと駄目なんだよ。
遅起きは三文の損だなっ♪」
「そんな事いわねぇよっ!兄貴の意地悪っ!!」
蛇骨は、もう、泣きそうだった。

―そして、試験が始まる。

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