「七宝と雲母」   神久夜サマ
「今日はここの村で泊まりますか」
と、この犬夜叉軍団最年長の法師、弥勒が言ったのは夕暮れの事だった。
なかなか大きな町で宿もちゃんとあり、妙なお払いをしなくても十分泊まれそうだった。

七宝と雲母

「今日はこの宿か。妙なお払いをせんでも済むな、弥勒」
と、さも自然そうに言う七宝に弥勒は笑みを引きつらせる。
それきり誰かが突っ込むわけでもなく、
店員に案内されて宿を奥へと進もうとした時だった。
「あの、済みません。
此方は動物は駄目なんですよ」
と、店員がかごめと珊瑚に話しかける。
「「え“」」
と、かごめと珊瑚が顔を見合わせる。
「だってさぁ、別に動物じゃないんだけど・・・」
と、珊瑚が言う。
「七宝ちゃんだって、動物って言うより、男の子でしょ?」
と、かごめも抗議をする。
しかし、店員は、
「申し訳御座いません。
当店では他のお客様が怖がられる、毛がたくさん落ちる等の理由で、
断らせていただいております。
厩が御座いますのでそちらでもよろしいのであればお食事はお出ししますが」
と、丁寧に頭を下げながら、言う。
「待て。おらは厩行きなのか!?」
と、かごめちゃんに向かって七宝は不安そうにする。
しかしかごめは、申し訳なさそうに
「御免ね、七宝ちゃん」
というばかりだ。
雲母もキュウと寂しそうな鳴き声をあげていたが、
「御免ね、雲母」
と、珊瑚に撫でられていた。
それを表には出さず、
これはチャンス、と思ったのは二人の男だったことに、
女二人、気付くよしもなかった。

店員に連れられて七宝と雲母は厩に連れてこられる。
「なぁ、おらたちの食事は普通の食事なんじゃろな?」
と七宝は抱いてもらっている店員に尋ねる。
店員は15,6の娘で、背までの髪を緩く首筋でまとめていた。
「はい。ご心配なく。
 ・・・でも、済みませんね。
 折角のお宿でしたのにね」
と、困ったように笑む。
困らせてしまったのか、と思い、七宝は努めて明るい声を出す。
「おら、七宝じゃ。こっちの猫または雲母。
 お前の名は何じゃ?」
「私・・・ですか?
 百合、と申し上げます」
と、百合は少し明るい顔になる。
すると、厩に着く。
厩は2頭の馬がいて、少し異臭がしたのは否定できない。
しかし、綺麗に掃除されてあるのは確かだった。
「綺麗じゃな」
「ええ。お客様、お客様のお乗り物。
 快適に過ごしていただけるよう、努力しています」
厩を見つめるその横顔には誇りのようなものが表れていた。

「それにしても、七宝ちゃんと雲母、可哀想だったなぁ」
といったのはかごめだ。
「そうだね。でも、ここの宿はなかなか綺麗な宿だから、
仕方ないといえば仕方ないのかもしれないんだけど」
くつろぎながら珊瑚が言う。
しかし、雲母がいないと珊瑚も暇をもてあましているようだ。
まるで、玩具をとられた子供の様な寂しさがある。
自分もそんな風なのかしらとかごめは思う。
弥勒や犬夜叉は押し黙っているばかりで。
いつも話しているのは自分と珊瑚と七宝だけなのだと、
かごめは思わざるをえなかった。
そこへ、トントンと戸を叩く音がする。
「は〜い」
と返事をすると戸からその姿を現したのは初老の女性だった。
「お食事をお持ちしました」
その女性は柔和な笑みを浮かべながら、配膳を始める。
「此方へはご旅行ですか?」
「えぇ、まぁ」
かごめはその返事でよかったのかと思いつつ、言葉を濁す。
「でも、足軽殿と法師殿というのは奇妙な組み合わせで御座いますね。
 それに、貴女様の御着物も一風変わっていらっしゃる」
これまで色々な村へ寄ってきたがあまり言われた事がなかったので、
普通の人から見ればやはり変なのかしら、と改めてかごめは思う。
「それに、皆様武器をお携えで。
 やはりこの時代、何かと物騒ですから仕方ないのかもしれませんけど。
 女の方もお携えというのは、この国も堕ちる所まで堕ちたという気が致しますね」
と、哀しそうに言う。
それを見て慌てたのは珊瑚だ。
「あぁ、違うよ。
 私らのはさ、護身用じゃなくて、あちこちの妖怪を倒す為にあるんだ」
それは、半分本当で半分嘘だ。
奈落を追って四魂の欠片を探しているのが本当の目的だ。
だが、やはり、真実を言うともっと妙に思われるのではないかと珊瑚も思ったのだろう。
配膳をし終わると老婆はしずしずと出て行った。
「では、ごゆっくり」

「雲母ぁ〜、暇じゃのう〜」
七宝は柵の上に小さな体を乗せ、足をぷらぷらと動かしていた。
雲母はキュウと言ったが、本当に会話をしているわけではないので、寂しい。
「ご飯はまだかのぅ」
特にお腹が空いていた訳ではない。
まだ小さい七宝は人恋しさゆえ、ご飯を持ってくる人物を待っているのだ。
それが百合であろうと誰であろうとかまわないのだが、
やはり、知っている人のほうがいいなと七宝は思う。
「かごめらはどうしておるのじゃろうな・・・」
かごめ、珊瑚、弥勒、犬夜叉。
4人もいれば楽しいに違いない。
しかし、その時ふと思考が脳を横切る。
「しかし、何でおら達だけなんじゃ?
 犬夜叉も犬耳がついておるし、凶暴性で言えば、犬夜叉のほうが上じゃのに。
 やはり、半分人間じゃから許してもらえたのかのぅ」
そこまで考えると犬夜叉が羨ましくなってくる。
「おらも半妖のほうがよかったのぅ・・・」
どうせ、強くもない小妖怪なのなら、
強くなくても、半妖で、皆と一緒にいる方が余程良い。
しかし、傍らでキュウと鳴いた雲母に気付くと、
雲母も寂しいに違いないと思い直す。
「おらがしっかりせねばな、雲母」

その頃、4人はご飯を食べ終わった頃だった。
「はぁ〜、食った食った」
満足そうに寝転がる犬夜叉。
「そんなことしてると、牛になっちゃうわよ」
と、寝転がることを指摘するかごめ。
「別に犬夜叉は牛になっても困らなさそうだけどね」
呆れた顔で言うのは珊瑚。
「人間になる方がよっぽど困るでしょう、犬夜叉は」
と、苦笑するのは弥勒だ。
「雲母、どうしてるかなぁ」
「やはり、雲母が気になりますか?」
浮かない顔をして窓の外を眺める珊瑚を弥勒は茶化す。
「そういうわけじゃないけどさ」
「嘘を言いなさい。顔に『寂しい』って書いてありますよ。
 いつも一緒ですから仕方ないのかもしれませんが。
 ・・・どうです?厩に一緒に行きませんか?」
弥勒の頭にはその帰りに
川原にでも寄って二人で話せたらという構図が出来上がっていたのだが、
「そうだね」
と、疑いもせずに言われると構図を思いついた心が少し揺れるのだった。

ガサッと音がしたのは丁度七宝が眠気に襲われていた時の事だった。
雲母の背中を枕にうとうととしかけていると、パンッと痛そうな音と共に聞こえた。
「何じゃ?」
少し夢見気分で、眠たい瞼を擦りながら音のするほうに歩いていくと、
そこには珊瑚と頬にくっきりと紅葉の型をつけた弥勒の姿があった。
「あぁ、七宝。御免、寝てた?それだったら悪かったね。
雲母と七宝どうしてるかなって思って見に来たんだけど」
頬を思いっきりはたいた後の彼女の右手は空中で止まったままになっている。
「食事はもう食べたのですか?」
と、痛そうな頬を左手でさすりながら彼は苦笑いをしながら七宝に訊いてきた。
「まだじゃ。もうすぐ来ると思うんじゃが、なかなかこんの。
ところで、犬夜叉やかごめはどうしたんじゃ?」
やはり、一番長くいるのは犬夜叉やかごめなのだし、
七宝はその2人のことを考えたのだろう。
「部屋にいるよ?それがどうし・・・」
珊瑚が言いかけたその直後、悲痛な女の叫び声が聞こえた。
「何かあったのでしょうか」
「ちょっといってくるね、七宝、雲母」
走り始めた珊瑚や弥勒を背後から七宝は見る。
いつもいつもおらは妖怪なんかがおっても役に立たんなぁ。
雲母じゃったら大きくなって雑魚妖怪ぐらいならすぐに倒せるのにのぉ。
そこまで考えて、七宝はぺたんと座り込む。
しかし、今さっきの女の叫び声、何処かで聞いたことのあるような声だったような、
そこまでを考えた時、雲母がぐいぐいと七宝のえりを引き上げようとする。
もはや雲母はあの可愛らしい姿などではなく、大きくて逞しい猫又妖怪になっていた。
「あれは、百合の声か?」
七宝が尋ねると頷く代わりに、七宝を宙に振り上げる。
わっと七宝が声をあげると、雲母の背中の上だった。
ペタンと座り込むと、七宝はしっかりと雲母の毛を掴んだ。
「よしっ。行くぞ、雲母!」

「こっ、これは」
弥勒と珊瑚がつくと、そこにはかごめや犬夜叉もいた。
他にも次々と降りてくる客がいたが、その殆どが腰をぬかして外へはいずり出ようとする。
「赤舌か!?」
犬夜叉が鉄砕牙を抜く。
赤舌は鬼の様な顔、長い舌、長い手をもってその姿を完成させていた。
「赤舌って、何!?」
かごめが誰とも無く尋ねた。
そこへ、かごめの肩に七宝が飛びついて答えた。
「獰猛な妖怪じゃ。
そいつは人を食ったあと、血を一滴も垂らさん。
一のみなんじゃ。多分、腹があの世ぐらいに繋がっとるんじゃろう。
お父に、そんな話を聞いたことがある。狐妖怪にも呑まれた奴がおるそうじゃ。
あいつはあんまり人気のおるとこには出てこんはずなんじゃが・・・」
「誰か、食われたのか」
犬夜叉が店の者に聞く。店のものはあの配膳をしに来た老婆だけで、他のものは怖気付いて逃げたらしい。
「あの、百合という16の子が、呑まれたんです」
老婆の顔は蒼白だった。それでも、しっかりとした物言いだった。
「ちっ。つまり、切っちまうわけにはいかねぇのか」
「そうですね。
切ったり、吸ったりは出来ませんね、百合という子を助けようと思うならば」
「どうして?」
と、かごめが尋ねる。
「七宝が言っただろ、あの世に腹が繋がってるって。
赤舌をきっちまうと、赤舌は死ぬんだけどさ、亡骸が消えちまうんだよ。
つまり、繋がってる道がなくなっちまうのさ。
助ける方法は、無くも無いけど、多分、出来ない」
「どうやってするの」
かごめが尋ねると、今度は七宝が答えた。
「殻の小さい奴が入って、呑まれた奴を助けるんじゃ」
「なんで、小さい人じゃないと駄目なの?」
「大きかったら、気付かれるんじゃ。
赤舌は馬鹿じゃから小さかったら気付かんのじゃ。
それに、大きかったら、口の中で身動きが取れん。
殺したら、いかんのじゃからな。
でも、小さくても気付かれたら、終わりじゃな」
「そんな!」
「口の中の唾液は多分、1分も出し続けられたら、人間なんかだったら溶けて消える。
 気付かれなかったら唾液は出ないだろうけど、残ってる唾液だけでも、
相当いたいと思うよ。」
そこまでを珊瑚が話すと、
「よし。おらが行ってくる!」
と、言って七宝が赤舌の口の中に入ろうとする。
その尻尾を犬夜叉が掴んだ。
「何をする!!」
「これ、かぶってけ」
犬夜叉が差し出したのは火鼠の衣だった。
「犬夜叉・・・」
七宝は火鼠の衣をかぶると赤舌の口の中に飛び込んでいった。
その後を、雲母が追うように飛び込んでいく。
「雲母!!」
珊瑚の手からするりと抜け出た雲母は七宝の後を追うように赤舌の口に入っていった。

「本当にこのなかは狭いんじゃな・・・。」
這って赤舌のなかを通るのは中々困難だった。
火鼠の衣をかぶっていない所はまるで切りつけられたかのように痛い。
「雲母は大丈夫なのか?」
と、七宝が訊くが、やはり、雲母も痛いようだった。
困ったように足元を見ている。
「火鼠の衣の上に乗れ」
七宝が言うと、雲母は大人しくその指示に従い火鼠の衣の上に乗った。
2mほど行くと、赤舌の口と喉を繋ぐ穴が見えた。
その穴を覗くと、中は思っていたより広い。
まるで、口の中が絶壁の崖のようだった。
・・・と、言うより、『あちらの世界』のようだ。
骨がそこらじゅうにまるで絨毯のように散らばっている。
「百合は何処じゃ」
穴から出ると、巨大化した雲母の背中に跨りながら、七宝は言う。
真下を覗くといるだろうかと思い、ひょいと下を見ると、
穴の下に続いていた崖の凹凸に百合は捕まっていた。
体は半分焼け爛れていたが、そこまで酷くはない。
赤舌は只の見込むだけなんだなと思い、それでよかったと思った。
雲母が百合の足の辺りに腰をさらした。
すると、百合が安堵したように腰に足を乗せる。
と、その途端、足が滑って雲母の背から滑り落ちた。
「百合!!」
七宝がそういうか否や、百合の下に雲母が回りこんで百合を背中に乗せていた。
百合は雲母の背中に覆いかぶさるような形で乗った。
「大丈夫か、百合」
と七宝が尋ねると、百合はぐったりしたような声で、
「ええ」
とだけ答えた。
「もう、駄目かと思ったの。
でも、やっぱり、下を見ると、死んでしまう気にはなれなくて・・・。
踏ん張ってて良かった。
有難う、助けてくれて」
そういうと、七宝の手と雲母の毛を掴んで体勢を整えた。
「でも、どうやって赤舌の口から出て行くの?
無理よ、そんなこと・・・」
と、百合は顔を覆う。
「なんでなんじゃ?きっと、大丈夫じゃ。
犬夜叉達が赤舌の向こうで色々考えてくれているはずじゃ。
それに、おら、火鼠の衣も貸してもらった。
口の中にいてもそれを着てれば痛くないぞ」
「でも、そうしたら貴方が痛いわ。
それとも、貴方は妖怪だから痛くないの?」
「痛いが、人間よりはましなはずじゃ」
「そうなの?」
首をかしげる百合にこくんと七宝はうなずいて見せた。
「しかし、なんでこんなところに赤舌がでてきたんじゃろうな。
赤舌は街には出てこんはずじゃのに・・・」
「知らないわ。でも、うちの宿にはよく来るの。
これまでに何人もの人が死んだわ。
全員、従業員だった。仲の良い人もいたわ。
そして、みんなが食べられていくのを見て、
逃げるしかなかった。
だから、いつか私も食べられるんだって思ってた。
後ろから赤舌が襲ってきた時、あぁ、この時が来たんだなって思った。
でも、幸運よね、私。
ちょうど崖を掴んでいる事が出来て、貴方達が助けてくれたんだもの」
そこまでいうと百合は微笑んだ。
「なんで何人も食われている店に居続けるんじゃ?
そのまま逃げればよかったのではないのか?」
そこまで七宝が言うと百合はふるふると横に首を振った。
「駄目よ。
あのね、外にね、お婆さんがいたでしょ?
私、戦で負けた村の子でね、もう、殺されるしか道は残ってなかったの。
でも、あのお婆さんが、あ、あのお婆さんは戦で勝ったほうの村の人だったんだけど、
拾ってくれたの。
すごーく有難かった。
だから、絶対裏切れないって思うの。
ほかの従業員の人たちも拾ってもらったのよ、全員。
だから、若い人ばっかりでしょ?」
そこまでを聞くと七宝はなにやらすこし時間をおいて、
「そうか」
とだけ答えた。
「じゃあ、百合。
これ、着るんじゃ」
すると、七宝は火鼠の衣を百合に差し出す。
「とりあえず、口の中に入るんじゃ。
そして、口の中で思い切り、『犬夜叉』と叫ぶんじゃ。
きっと、赤舌を切ってくれる。
分かったか?」
「その人が赤舌ごと私達を切ってしまうということは無いの?」
「大丈夫じゃ!犬夜叉の刀は切れ味が良いし、それくらいの加減は出来る!」
七宝は後ろを振り返って百合の方を見、自信満々に言った。

犬夜叉達は赤舌を追いかけていた。
「くっそー、なんでこいつこんな長い穴開けてんだよ!」
「きっと、森からここを通ってあの宿に侵入してきたんだわ」
かごめが犬夜叉の背中に乗り、珊瑚と弥勒は後ろから走って付いてきていた。
弥勒はともかく、珊瑚はいつも雲母の背中に跨っているので、かなりきつかった。
「し、しんど・・・」
「大丈夫ですか、珊瑚。
よろしければ私の背中にのりますか?」
と弥勒が後ろを振り返りながら笑って言う。
「いいよ。重いから、走るの遅くなる。
それに、どうせ、尻撫でる、魂胆だろ」
息を切らしながら珊瑚が言う。
適切な判断だ。
「・・・そうですか」
弥勒は苦笑した。

そして、まだ少し走ると赤舌は急に跳ね上がった。
穴の道はそこで終了していて、2、3mの穴の底にいるようだった。
「げー、マジかよ。
俺、3人も抱えらんね―ぞ?」
「じゃあ、珊瑚を、連れて、行きなさい。
専門的な、ことは、よく、知って、いるでしょうし」
弥勒が少し息を切らしながら言う。
文節に見事に区切られている。
「おう」
と、犬夜叉が珊瑚をひょいと肩に掛け穴を脱出する。
「きゃ」
と珊瑚が言ったのを境に、それきり二人の姿は見えなくなった。
その代わり、犬夜叉の声が後から聞こえた。
「かごめに妙な事したらぶっ殺す!!」

「じゃあ、ゆくぞ」
七宝が先に赤舌の口の中に入っていく。
続いて百合が。続いて雲母が入っていった。
しかし、雲母や七宝はともかく、やはり百合では気付かれたようだった。
唾液がドロドロと口の中を充満していく。
七宝の足や雲母の足は焼け爛れていく。
着物の上に落ちた唾液のせいで着物が破れた。
その上、その着物の破れたところから、赤い血が見える。
それを見た百合が「きゃ」と小さな悲鳴を上げる。
「や、やばいぞ!早く叫ぶんじゃ!せーのっ、」

その頃、外では犬夜叉が赤舌の前に回りこんでいた。
「ふっ。やっと追いついたぜ。
おぃ、覚悟しやがれ」
と、犬夜叉が言った直後。
『犬夜叉―――!!』
という声が赤舌の口の中から聞こえた。
それも、2人分。
「七宝!百合さんを助けたんだね!
じゃあね、犬夜叉。赤舌の端の方を斬るんだ。
赤舌は横に長いから七宝たちが隅にいない限り、七宝たちに当たらないと思う」
七宝たちが隅にいたらどうするんだよという突っ込みを飲み込み、
犬夜叉が少し遠慮気味に鉄砕牙を振り下ろした。

「本当に有難う御座いました。
もう、旅に出られるんですか?お体は大丈夫ですか?」
百合が七宝の目線にあわせて話す。
あれから、
犬夜叉の鉄砕牙により赤舌の口の中から救出された百合は多少の怪我はしたものの、
七宝が貸した火鼠の衣によって守られていたので、
無事に店で働けるようになった。
七宝はというと大怪我をした。
そこらじゅうが焼け爛れていて、皮のめくれている所もあった。
犬夜叉が七宝を抱えてかごめの所に戻った時、
かごめは「七宝ちゃん!」といって涙目になったほどだから。
雲母も大惨事だった。
結局、宿では七宝と雲母の看病にかごめと珊瑚は付きっ切りになってしまった。
その甲斐あって、七宝と雲母は自分で歩けるようになるまで回復していた。
「百合さんこそ、大丈夫でしたか?」
「ええ、おかげさまで。お札も貼っていただき有難う御座いました。
本当に感謝で一杯です」
「でしたら、私の子を産」
途中まで聞こえた弥勒の声は
ゴスッという珊瑚の飛来骨が弥勒の頭に当たる音でかき消された。
「本当に有難う、七宝さん。雲母さん。
私が生き延びる事が出来たのは、今でも一番目はおばあさんだと思ってるけど、
二番目は貴方達だって思うことにするわ。
私の命の恩人よ。アリガト」

「ほんと、七宝ちゃん頑張ったわよね」
かごめの腕に抱かれながら七宝は飴を舐めていた。
「そりゃぁ、そうじゃ。
おらは正真正銘の妖怪じゃからな!」
「俺が鉄砕牙で切らなかったら死んでただろーが」
「おすわり」
「ふぎゃっ」
メリッという音を立てて犬夜叉が地面にめり込んだ。
「大丈夫かい?犬夜叉」
珊瑚が犬夜叉の傍で心配をしていると、
弥勒がわざとらしそうに誤解する。
「ま、まさか、犬夜叉。
私にはかごめ様には手を出すなと言っておきながら、
お前は珊瑚を口説いてたんじゃないでしょうね!?」
「するかっ!!」と犬夜叉は言いたかったようだが、
「す」までしかいう事が出来なかった。
「おすわりおすわりおすわりおすわり・・・・」
「ぎえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・・」
「何よっ!珊瑚ちゃん口説いてたなんてっ!」
「違ぇよっ!!何誤解してんだ!!
するわけねぇだろっ!!」

そんな光景を横目で見ながら七宝はつぶやく。

「おらがしっかりせねばな」
キュウという鳴き声が後ろの方で聞こえた気がした。

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