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「HERO-真の英雄- 伍」   優サマ
「姫様は、もう何者の手も借りずに起き上がれるというな」
「えぇ。けれど、まだお一人で歩く事は難しいようで」
「ご自分の摩訶不思議な力で、瞬時に傷を癒す事が出きれれば問題はないが、元々はそれも叶わぬ」
「それよりもそなた達、お聞きになった?姫様と、嵩明良様の事――」

「お前が助かったのは、お館様や父様様や皆のお蔭。嵩明良も寝ずにお前の看病をして……。
何かお礼をせねばなりませんね」
葦が深手を負った流麗に何かと世話をしている時、流麗は何を思ったか頷き、葦に聞いた。
「母様、お館様と父様は、私と嵩明良を夫婦にする事を許したと聞きましたが、本当なのですか?」
「嵩明良は善い男です。王座と出雲国を捨ててまで、お前の傷を跡もなく癒すと言うのですから」
「――――」
「お館様も父様も、嵩明良がそこまで言えば、もはや嵩明良に負けを認めざるを得ないでしょう」
その事を聞くと、流麗は独りとなった時、皆の目を盗んで嵩明良の元へ走った。
「嵩明良!」
「――流麗……?」
するはずのない流麗の声に、嵩明良は背後を向いた。
きっと空耳だろうと思っていたが、果たして、流麗がこちらへ走っている。
その姿に、思わず嵩明良は声を上げた。
「流麗!走っては駄目だ!」
やはり足が思うように動かず、片足が石ころに引っかかり、倒れ掛かった流麗に、咄嗟に嵩明良は流麗の体を支えた。
「どういうつもりだ、傷はまだ癒えてないのだぞ!」
荒い息を吐く度に、腹の傷が障るが、それを堪え、流麗は嵩明良の着物を強く掴み、迫った。
「嵩明良……私の傷を癒す為に、国と王座を捨てるとは本当!?」
「――――」
「嘘でしょう!?嘘と言って!」
「――本当だ」
断言した嵩明良に、流麗は全身の力が抜け、着物を掴む手をだらんと下ろした。
「流麗、案ずる事はない。古来より出雲は様々な神がいるとされるし、その神に仕える御仁も沢山いる。
知人にも訳を話し、出雲を良く治めるようにと……」
「その人はきっと、嵩明良のようにはなれない」
「――――」
「お願い、嵩明良……こんな傷為だけに、全てを捨てるのはやめて……」
「命に関わった傷だ。癒す為なら、国も王座も惜しくはない」
「けれど……!」
「流麗、吾はお前を心から愛している。もう、片時も離れはしない。吾を信じよ」

流麗の腹の傷は、やはり跡として残ったが痛みは消え、完全に治った。
それから間もなく、流麗は嵩明良と祝言を挙げることとなった。
秋から冬へ移り変わるこの季節、流麗の姿はとても美しい。
朱色(あかいろ)の紅をさし、真っ白な花嫁衣裳を身に纏っている。
やっと愛しい人と一緒になれるという、流麗と嵩明良は互いに幸せで一杯だった。

二人が夫婦となって暫く、相変わらず竜舌蘭一門と激闘を繰り広げていた。
だが、竜舌蘭や銀竜の手口によって、一族が次々と殺されていく。
「父様!母様!」
最悪なことに、流麗の両親と、氷雪までもが、命を奪われてしまった。
一度に一族を失った恨みと悲しみは果てしない。
決戦の時、闘牙王は特別に殺生丸に鉄砕牙を貸し与え、
それぞれ剣の最大の威力で、遂に竜舌蘭大魔王一族撲滅に成功した。
――流麗は泣きはしなかったが、両親や仲間を亡くした哀しみに暮れていた。
殺生丸も、母を失った思いは流麗と同じだろう。
闘牙王は二人の事を思い、天生牙を掴んだ。
「おやめください」
流麗が言った。
「皆、こうなる運命(さだめ)だったのです。
蘇らすのは、如何にも哀れ……葬った方が、皆にとって一番よいのです」
流麗は殺生丸と一緒に、両親と仲間達を葬った。
その後、皆の無念の魂を救うべく、流麗は笛を吹いた。
曲はあの、魂之舞――。

やがて闘牙王は人なる十六夜を妻とした。
時に流麗と十六夜の元へ行っては、流麗は十六夜に、竜笛の楽や、歌などを聴かせた。

「お館様、仰せの通り、宝仙鬼殿と刀々斎に告げてまいりました。黒真珠も、この通り」
冥加が闘牙王に命によって、宝仙鬼から黒真珠を貰い、浮かぬ顔をして戻ってきた。
「やはり行かれるのですか?十六夜様の事もありましょうし、ここは……」
「決めた事は、最早止めても無駄だ」 
「――――」
「殺生丸、留守を頼むぞ」
闘牙王が扉に手をかけた時、背後より、嵩明良の声がした。
「お館、吾も行きます」
その一言に闘牙王は立ち止まり、首を少しこちらへ向け、低い声で返した。
「いや、お前は来るな」
「――何故です」
「相手はあの竜骨精。俺とてどうなるや知れぬ」
「――――」
「流麗の事や、何より清牙王らと同じ境遇を遭わせたくはない」
闘牙王は嵩明良と向き合った。
「お前を死なすわけにはゆかぬのだ」
「――それはこちらとて同じ事。
西国の王である貴方が命を賭(と)する時に、ただ黙って見ている吾であると思うか!」
「――――」
「一人よりも、二人いたほうがまだ勝ち目はあるはず。吾も、お館と共に闘います」
「――――」
「殺生丸、流麗が目を覚ました時、こう言え」
東より太陽が昇った頃、流麗は目を覚ました。
だがすぐに闘牙王と嵩明良がいないことに気づき、
城中を手当たり次第探し回ってもいないので、流麗は唯一残る殺生丸に訊ねた。
「殺生丸、お館様と嵩明良はどこへ行ったか知っているか?」
流麗の問いに、殺生丸は率直に答えた。
「二人は武蔵へ行かれた」
「武蔵……だと!?まさか、竜骨精との決着をつける為にか!?」
「はい」
「愚かな!」
流麗は剣を持ち、疾く外への扉へ走った。
扉を開けようとしたその時、突如、横から光るムチが流麗を襲った。
反射的に避け、流麗は殺生丸の方を向く。
「――何様だ」
「姉上はけして来るなと。行こうとすれば、容赦は要らぬと」
「誰がそんなバカな事を言った」
「――嵩明良様です」

その頃、闘牙王と嵩明良は竜骨精との闘いに苦戦していた。
「これで終いだ!」
竜骨精が闘牙王に目掛け、巨大な妖気を吐いた。
瞬間的に向うこの妖気に、闘牙王は逃げきることが出来ない。
死を覚悟した時、突然にも嵩明良が前に立った。
やがて、妖気が消えた後、竜骨精から見た闘牙王と嵩明良の姿は、深手を負い、それぞれ倒れていた。
だがすぐに闘牙王は起き上がり、うつ伏せに倒れる嵩明良の方を見た。
「嵩明良……嵩明良!」
闘牙王は急いで嵩明良の傍へ駆け寄り、抱え上げた。
総身火傷を負い、皮膚が酷く爛れている。
その嵩明良の姿を見て、闘牙王の心は次第に焦りが生じる。
「嵩明良死ぬな……死ぬな嵩明良!
お前は流麗と夫婦(めおと)になったばかりではないか。これからではないか!!!」
「――――」
「――俺は……もう人の死を見とうないのだ……」
「……お館……」
嵩明良がかすかな声で言葉を発した。
苦痛の表情を浮かべながら、嵩明良は凝っと闘牙王を見る。
「お館にも……泣くことがあるのか」
闘牙王は思わず顔をそらした。
「お館、どうか流麗に、この二剣と……瑠璃の小刀を……」
「――――」
「流麗に……心と剣を通じて、永久に一緒だと……。離れることは、けして無いと……」
「――必ず流麗に伝え、渡そう」
安心したように、嵩明良は微笑むと、ゆっくりと目を閉じた。

――息子よ。お前を誇りに想おう。

闘牙王はそっと、その腕から嵩明良を離した。
「死んだか。まこと、心身共に弱い男であった」
竜骨精が言った。
やがて闘牙王は、嵩明良の手から神剣を手に取り、立ち上がった。
神剣を持った時、あのヤマタノオロチの力が、体中の隅隅に漲っていく……闘牙王はそう感じた。
神剣の刃を天に向けると、刃が白く眩しい光を放ち始めた。
正しく神剣の奥義だ。
闘牙王が神剣を振るうと、奥義は凄まじい勢いで竜骨精へ突っ走った。
「馬鹿め!」
竜骨精が再び口から強大な妖気を吐いた。
二つの力がぶつかるその中から、闘牙王が姿を現した。
真の姿へ形(なり)を変え、鋭い爪を立てて、竜骨精を崖に押さえつけた。
負けじと竜骨精も、尾を闘牙王の体に巻きつけ、強く締める。
「闘牙王、主ももう限界のはず。弟や嵩明良のように、大人しく死ね」
「俺にはまだ……やらねばならぬことがある。まだ死ねぬ」
「――惜しい男よ……。わしが今すぐ楽にしてやる」
竜骨精は更に力を加え、その鋭い爪を、闘牙王の右の腹部に深く突き刺した。
そこから血が迸るが、闘牙王は力を振り絞り、竜骨精の身を無惨に食いちぎった。
竜骨精が力を抜いたその一瞬、闘牙王は爪を竜骨精の心臓に突き刺し、数百年の封印を施した。

闘牙王が西国に戻ったのは、それから三日後のことだった。
「お館様!」
雪がちらつく中、流麗は闘牙王の姿を目にすると、慌てて外に出て、闘牙王の傍へ走った。
「お館様……何と酷いお怪我……。すぐにお手当てを!」
「流麗、嵩明良が、お前にと……」
闘牙王は嵩明良が持っていた剣と、アメノムラクモの剣。
そして、翡翠や瑪瑙。
水晶、真珠などの宝石などを飾りとした、美しい瑠璃の小刀を流麗に手渡した。
「これは……。お館様、嵩明良は……」
「嵩明良はお前に、心と剣を通じ、永久に一緒だと……離れることは、決してないと言っていた」
「――――」
「私はまた行かねばならぬが、もう一つ、お前に言わなければならぬことがある」
闘牙王は流麗にその事を話すと、流麗は唖然とした。
ふと、闘牙王は流麗に微笑みを見せ、流麗の肩をぽんと叩いた。
「流麗、今よりお前は、我が一族の女王だ。殺生丸と、この国を頼む」
やがて、闘牙王は流麗に背を向けて、再び去った――。

「ふん……結局俺は……父上と同じ道を歩み、同じように死んでいくのか……」
あの時と同じ場所で、闘牙王はじっと前の光景を眺める。
竜骨精と闘ってできた傷から、未だ血が止まらない。
流れ落ちる血が、足元の白い雪に落ち、染み込み、そこだけの雪が真赤に染まっている。
闘牙王は十六夜の元へいかねばならない。
だがその前に、どうしても殺生丸に訊かなければならないことがあった。
間もなく、そこに殺生丸がやって来た。
「――行かれるのか、父上」
「――止めるか、殺生丸」
「止めはしませぬ。だが、その前に牙を……叢雲牙と鉄砕牙を、この殺生丸に譲っていただきたい」
「渡さぬ……と言ったら、この父を殺すか?」

――殺生丸、きっとお前もこの父と同じ想いのはず。
こんな乱れた人の世など、どうなろうと構わぬと。
この剣を持ち、今に今、父を殺し、誰よりも最強の力を得、やがては英雄になりたいと……。
――だがな。
この私が全く出来なかったことを、そう簡単にお前にやらせてたまるものか。
何も分かってはくれぬお前なぞには、破壊の剣をやることは、けして出来ぬのだ。

「ふん……」
闘牙王が微かに笑った。
「それほどに力が欲しいか?何故、お前は力を求める?」
「我、進むべき道は覇道。力こそ、その道を開く術なり」
「覇道、か」

――覇道や力だけの道を突き進み、生きていくというのか……。
――私はもう行く。これを最後に、あと一つ訊こう。

「殺生丸よ……お前に、守るものはあるか?」
「――守るもの……?」
「――――」
「そのようなもの、この殺生丸に必要ない」
殺生丸が鋭く伸びた爪を立てた時、闘牙王は再び真の姿へ変化し、やがてその場を去った。
――険しい林の中を、闘牙王は疾く走る。
闘牙王の身を案ずる冥加は、幾度なく闘牙王に説得した。
「無理ですじゃ!無茶ですじゃ!どうかお考え直しくだされ!
お館様は、竜骨精との闘いの傷が、まだ癒えてないではありませぬか!」
「――あれを死なすわけにはゆかぬ」
「しかし……!」
「それに、私はもう……永くはない」
「お館様!我が命はお館様と共に!お館様がどうしても行くとのならば、この冥加も着いていきますぞ!」
「もう私に構うな。冥加、早く……逃げてくれ」

漸く人間貴族の城に辿りついた。
だがその途端、人間達は闘牙王に無数の矢を放ち始めた。
邪魔をする人間達に闘牙王は鉄砕牙の威力・風の傷で人間達を薙ぎ払い、やがて城へ乗り込んだ。
その騒ぎの場に、武士・刹那猛丸が現れた。
「よく来たな、物の怪。少し遅かったがな」
「何!?」
「十六夜様は、貴様の手の届かぬ場所へお連れした。私のこの手でな!」
「――馬鹿が!!!」
闘牙王と猛丸がぶつかりあった。
ほんの一瞬、闘牙王は猛丸の左腕を斬り落とし、そのまま十六夜の部屋へ走った。
部屋より、赤ん坊の泣声が聞こえる。
だがその部屋は、猛丸の命によって放たれた火の海。
その中に、生まれて間もない赤ん坊を抱いたままの、息絶えた十六夜がいた。
闘牙王はすぐさま天生牙を抜き、天生牙に願をかけ、目前に現る餓鬼を斬り捨てた。
やがて生き返った十六夜に、闘牙王は懐から火鼠の衣を取り出し、十六夜の頭から被せる。
そこに、またしても猛丸が現れた。
肩から先を失ったせいで、そこから大量の血が迸っている。
足をふらつかせ炎の中を歩みながら、不気味に言った。
「貴様とならば悔いはない……このまま黄泉国へと旅立とうぞ……」
「……生きろ」
「あなた……」
炎と建物が崩れる音と、赤ん坊の泣き叫ぶ声の中、闘牙王は静かに言った。
「――犬夜叉」
「何……?」
「子供の名だ。その子の名は、犬夜叉!」
「――犬夜叉……」
「さあ、行(ゆ)けい!!!」
十六夜を逃がして間もなく、灼熱の闘いの中、闘牙王と猛丸は剣を交えた。
その後――闘牙王は猛丸に止めの一剣を刺し、勝利を収めた。
だが、もうこの城から逃げぬく力はない。
息絶え倒れる猛丸のすぐ横に、ついに闘牙王が倒れた。
このまま目を閉じたら、もう再び目を覚ますことはない。
そう思いながら、そっと静かに目を閉じた。
目を閉じた時、瞼の中にまだ幼い二人の息子達と、十六夜の姿が浮かんだ。
信ずる友に息子達への遺言を預け、国も座も全て生き残る一族に委ねた。
もう思い残すことはない。
瞼に浮かぶ者の姿をはっきりと浮かばせながら、
闘牙王は息子達と十六夜に、せめてもの願いを心から遺した。

――殺生丸よ。天生牙を受け取れ。人に拘泥せず、物に拘泥せず、己の力のみを信じよ。
この剣を手に、知己を見出し、真に守るべきものを見つけるのだ。

――犬夜叉よ。鉄砕牙を受け取れ。己の分際から、決して逃れるな。
お前は、どう勇敢に育ってゆくのだろう……せめてあの世で、お前を見守り続けよう。

――十六夜……やっと、あの意味が分かった。
我が一門にとっての、勇敢と英雄の意はただ一つ。
戦士として闘い、生きている間が勇敢であり、
戦士として闘い尽し、この身が滅びたその時こそが、真の英雄となれる。
お前は、そう言いたかったのだろう……?
十六夜――生きて生きて、生き延びてくれ。その、犬夜叉と共に……。

流麗も殺生丸も、匂いのもとでやがてこの事を知った。
だが悔やむことをしなければ、嘆くこともしない。
心の中で、死に逝く闘牙王の魂を見送った。
あれから殺生丸が城へ戻ってきた。
流麗が夜空の下(もと)で笛を吹くその背後に、殺生丸は立ち止まり、流麗の背を見た。
「姉上――」
「殺生丸」
流麗は殺生丸の言葉を遮った。
そして殺生丸にこう告げる。
「先日、刀々斎からお前にこう言えと頼まれた」
「――何と?」
「大将の形見の一剣は、朴仙翁の所へ行けばある……と」
「朴仙翁……」
「それと、先程お館様から聞いたことだ。竜舌蘭共々倒したはずの銀竜が、まだ生きているらしい」
「――――」
「お前はもう彼奴らと闘う必要はない。私とも最後だ。
お館様が問うた答えを見つけ出す為に、今すぐ、故郷を去れ」
流麗は既に、亡き夫の剣を背に下げていた。
左腰に二剣、背に一剣という、殺生丸から見ればその後姿は、先程の闘牙王と同じもの。
従姉であり、一族の女王ともなった流麗に、流石の殺生丸も益々逆らえない。
やがて殺生丸は、西国を去り、この先を一人で生きた。

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「HERO-真の英雄- 六」   優サマ
あれから二百年の歳月が経った。
文月のある日、流麗は武蔵国へやって来た。
「どうなさったので、殺生丸様」
殺生丸が見つめるその先に、流麗がこちらを見ている。
「随分と立派になったな、殺生丸よ」
「――姉上……何故ここへ……」
流麗は、殺生丸が持つ天生牙と、連れの子供を見るや、にやりと笑った。
「どうやらお館様が問うたその答え、見つけたようだな」
「――――」
「生憎これから犬夜叉に逢いに行くのだ。犬夜叉と別れた後で、ゆっくり話でもしよう」
流麗は殺生丸の横を通り、歩み続ける内、いつしか姿は見えなくなった。
「殺生丸様、もしやあのお方こそ、噂で聞いた……」
「すっごい綺麗な人ーっ!殺生丸様にそっくりだね!」
「アホ、りん!殺生丸様があのお方に似ておられるのだ!」
殺生丸は、流麗と反対方向を更に歩いた。
「あ、待って!殺生丸様!」
歩き進む内に、流麗の発言が馬鹿らしく思ったのだろう。
殺生丸は薄く嘲笑した。

流麗はひたすら砂利道を歩く。
「――流麗様か!?」
その途中、偶然にも冥加と会った。
「おや冥加。久しいな」
「何故この武蔵へ!?」
「犬夜叉に逢いに決まっているだろう」
「犬夜叉様に、でございますか?」
「殺生丸とも先程一目だけ逢った。昔は可愛かったが、今は随分憎たらしいな」
「一つお聞きしますが流麗様、城の留守は……」
「西国は九割が私の仲間だ。留守など、誰にだって頼める」
「は、はあ」
「城はもはや私のみ。毎日友人達が来てくれるが、それも時間がくれば帰ってしまう。
独りとなった時、昔に戻りたいと願うばかりよ」
「昔はようございました。幼き頃の流麗様は、しかとこの胸に刻まれております」
「幼い頃は、本当によく悪さをしたものだ。今では考えられぬ」
「お館様も父様も、流麗様唯一の獲物であった嵩明良様も、心底貴女に、骨身に沁みておられた」
本当に懐かしさのあまり、両者とも満面の笑みを浮かべる。
だがふと流麗の笑顔は消え、真顔となった。
「竜舌蘭は死んだが、銀竜は生きている」
「そのようで……」
「あの後、唐へ戻ったと聞いたが、まだまだ油断は出来ぬよ。――ところで冥加」
「は?」
「私は武蔵はよく知らぬ。犬夜叉の所まで、しっかりと案内してくれよ」

偶々犬夜叉達は村へ帰っていた。
かごめが現代から持ってきたお菓子や飲み物を分け合いながら、久々の休息を満喫している。
七宝は一人、鼻歌を歌いながら外で遊んでいる。
そこに、冥加の案内で流麗がやってきた。
「もうし、童子。少しお使いを頼みたいが、よろしいか」
「せ、殺生丸!?犬夜叉ーっ!!!殺生丸じゃーっ!!!」
七宝はとても慌てふためく。
そんな七宝の尾を、流麗は乱暴に掴み、七宝と目を合わせた。
「落ち着け、タヌキよ」
「キツネじゃっ!」
「とにかく落ち着け。私は殺生丸ではない。よく見ろ」
七宝が見た流麗の姿というのは、白銀の長い髪を頭頂部まであげて紐で括り、
片頬ずつ二本の弧状の線が浮かび、左肩から背へ白い毛皮を垂らしている。
ずっしりとした鎧に、背に一剣と左腰に二剣を下げ、
首からは亡夫の形見の瑠璃の小刀を吊るし、着物と鎧の間には笛を挿す。
「やはり殺生丸ではないか!わーん、犬夜叉ーっ!助けてくりィーっ!!!」
殺生丸とは大体の区別はついているはずだが、どうもこのガキの目には、全く区別されていない。
相変わらず泣き、流麗から逃れようと暴れる。
「こりゃ、七宝!」
「はっ!冥加じい!はよ逃げんと、殺生丸に殺されてしまうぞっ!!!」
「待て、七宝。この方はただ殺生丸様と似ているだけ。見てみい、女人じゃ」
「――本当じゃ」
七宝の気は漸く落ちついた。
間もなく、七宝の声を聞いて犬夜叉達が駆けつけてきた。
「七宝ちゃん!」
「何ピーピー騒いで……」
犬夜叉が一目流麗の姿を見るや、表情が一変した。
「お前……流麗か!?」
「犬夜叉。久しぶりだな」
「何でここに……!いや、っていうか!」
犬夜叉は驚くばかり。
だが心底、流麗と再会したことに嬉しさで一杯だった。
「犬夜叉、この人は一体誰なのさ?」
「あの殺生丸に、よく似てはいるが……」
弥勒や珊瑚の疑問に、代わりに冥加が答えた。
「この方は流麗様と仰って、犬夜叉様と殺生丸様と、従姉弟というご関係じゃ」
従姉弟――。
どうりで殺生丸と、と、皆は納得した。
「“久しぶり”って言うことは、前にも逢った事あるのね?」
「って言っても、二百年も大昔だ」
「あれはまだ、お前が子供の頃だった」
「あぁ」
「ずっと逢いたいと思っていた。
けれど当時は西国は荒れていたし、いざ逢いに行こうとしたら、巫女に封印されたと」
「――あぁ」
「ここ数ヶ月に封印が解かれたと聞いて、今日漸く、お前と会えることが出来た。あの日以来、本当に長かった」

――闘牙王死後、
十六夜は親友という仲の流麗との別れを惜しみながら、赤子の犬夜叉を連れて武蔵へやって来た。
そこで全く別人の、ここ裕福な貴族と共にする事になったが、決して幸せではない。
犬夜叉が七つの頃、城に異国の妖怪達が押し寄せてきた。
銀竜と、その使い魔だ。
葉蘭が妖しの術によって城に火を放ち、風使いの紫蘭は扇を仰ぎ、炎をあちらこちらに散らす。
城の者は既に銀竜や使い魔に殺され、十六夜も犬夜叉も酷く深い傷を負っていた。
『犬夜叉早く……早く、ここを逃げるのです。母を置いて、早く……』
『やだ!母上を置いて逃げるなんて、できるわけない!!!』
犬夜叉の叫びに、銀竜と使い魔が再びやって来た。
『是不是未活着……』
犬夜叉には理解できぬ華語を手下は言い、やがてぐるりと十六夜と犬夜叉を囲み、剣や槍の刃を向けた。
『母上をこれ以上傷つけたら、俺は許さない!一歩踏み出したら、引き裂く!』
犬夜叉は十六夜を守ろうと、敵うわけもない銀竜らに爪を向ける。
『度胸のいい小僧ぞ。全く、英雄な。――殺』
銀竜が配下に、“殺せ”と命を下すと、手下は剣や槍を連ね、犬夜叉と十六夜の止めを刺そうと襲い始めた。
武器を振るい落とすその瞬間、突如、燃え盛る炎から流麗が現れた。
長く鋭く尖った爪の一撃で、二人の手下を裂き、犬夜叉の前に立った。
『流麗……!来てくださったの……』
この時初めて流麗と出会った犬夜叉は、心の中で“悪い奴じゃない”と思うと、大きく息を吐き、その場に腰を抜かした。
『これは女王陛下。暫くだな。――聞いたぞ』
『――――』
『出雲の王の息子ながら、嵩明良め竜骨精に破れたとな?
闘牙王を守る為に、竜骨精の妖気を体中に浴びるとは……まこと愚かな』
尚も愛し、一族共に誇りに想い、更に英雄とも想う夫を侮辱された事に流麗は更に憤りを覚え、
遂に、背に下げる神剣を抜いた。
『抜け。城の人間を含め、我が一族であろう十六夜様と犬夜叉を傷つけたこと、何よりも許さぬ』
『――――』
『抜かぬか!!!』
『無駄だ、流麗。たとえ神剣でも、私には敵わぬ』
そんな中、銀竜の手下がまたもや華語で何か言った。
『大侠、没有苦悩使大侠的手的。一次負了給大侠的人』
『委托給我達。黄泉母子一起、流麗』
――葉蘭は銀竜の右に、紫蘭は銀竜の左に、それぞれ武器を持ち立った。
『流麗、精神准備!』
『死!』
剣や槍を手に、向って来る敵に、流麗が神剣の刃を天に向けた。
その時、剣は白く眩しい光を放ち出した。神剣の奥義だ。
神剣を一振りすると奥義は放たれ、それを直接くらった手下は呆気なく、跡もなく消え失せた。
見渡せば銀竜の姿もない。
だが、匂いと気配がまだ感じる。
あの男、一瞬の隙で葉蘭と紫蘭を連れて逃げたようだ。
城は今にも焼け落ちる。
流麗は剣を鞘に納め、左肩から垂らす毛皮を脱ぎ、それを十六夜の体に包み、
十六夜を抱え上げ、犬夜叉と城を出た。
安全なところまで二人を連れ、そこに十六夜をおろした。
十六夜が負った傷はあまりにも酷い。
流麗は即座に、生まれ持った摩訶不思議な力によって、十六夜の傷を治そうと心を傾けた。
だが、流麗のその手を、十六夜は震わせながらも掴んだ。
『もう、よいのです……流麗』
『何を仰いますか、十六夜様!傷を治さねば、貴女の命は……』
『あの炎の中、わたくしの目に映ったそなたの姿は……あの時の闘牙様と同じものでした』
その時、流麗の目から涙がどっと溢れ出てきた。
流麗の心はもう限界なのだ。
頬を流れつたう涙を見て、十六夜はそっと衣の袖で拭った。
『なぜ、お泣きになるのです……流麗』
『――私は、とても悔しい……』
『――――』
『せめて十六夜様だけはと思っていたのに、
結局……あなたを苦しみも気づかず、救ってあげることができなかった』
『――いいえ……わたくしは、これまで、どれだけそなたに救われたことか……』
『――――』
『そなたを含め、闘牙様と、清牙様、葦様にずっと守られ、愛され続けていたのです……』
『――――』
『わたくしはこの世で一番の、幸せ者です』
十六夜の意識が、次第に遠くなる。
決してと、涙を流しつつも、懸命に十六夜を呼びかけた。
『十六夜様……十六夜様なりません……死んではなりません!』
『――流麗、今一度……そなたの笛の音を……あの、秘曲を……』
十六夜の願いに答えるべく、流麗は懐から竜笛を取り出し、秘曲・魂之舞を吹いた。
この曲を吹くと、哀しき運命(さだめ)が全て脳裏に浮かぶ。
それが如何に、どれほど哀しいものばかりか。
だが十六夜にはとても、心安らぐ曲。
哀しくも美しい曲を聴きながら、やがて十六夜は静かに息を引き取った。
――犬夜叉と共に、十六夜を清らかな泉の前の前に葬った。
犬夜叉は大きな岩にガリガリ、ゴリゴリと音をたてながら、“いざよい”と名を彫っている。
それを流麗はじっと眺め、ふと、懐からある小さな貝殻を取った。
蓋を開ければ、流麗が今、口につける紅よりも少し薄めの紅が塗ってある。
それは以前、十六夜から貰ったもの。
十六夜と二人きりの時、流麗は十六夜にこう言われて差し出された。

『聞きましたよ、そなたは幼い頃から、男姫(おのこひめ)と言われているのですね』
『剣を用いて敵と闘い、時に殺める私の姿は、他者から大変恐れられ……仕方ありません』
『いいえ。そなたの姿はとても綺麗で、美しい。
今の紅はやめて、この紅をお付けなさい。さすれば、きっともう男姫と言われずにすみます』

流麗は首を二、三度振るうと、懸命な犬夜叉を誘った。
『犬夜叉、武蔵を離れて、私と共に西国へ帰ろう』
永久に武蔵にいることはできない。
それよりも、犬夜叉は孤児だ。共に西国で暮らした方が、きっと犬夜叉も幸せなはず。
犬夜叉は手を止め、本の数秒黙り、考えた末をついに流麗に打ち明けた。
『西国には行かない』
『――なぜ?』
『母上を独りにしちゃ可哀相だもん。僕は一人でも大丈夫。ずっと、武蔵にいるよ』
犬夜叉がそう言うならばと、これ以上のことは流麗はもう言わない。
そっと犬夜叉を身を抱き寄せ、そして犬夜叉の耳元で言った。
『ならば、せめての七日、私はお前の傍にいる』
『――――』
『もうあんな、恐るることもないのだ。安心して、おやすみ』
流麗に体を包まれ、犬夜叉は今まで堪えていた感情が溢れ出た。
犬夜叉が涙するその隙に、流麗は先程の貝殻を密かに犬夜叉の懐に入れ込んだ。
――今は苦しくても、いつかはきっと、私の他にお前を分かってくれる人が現れる。
その中の一番信用できる女に、紅を渡せばいい、と、流麗は心の中で犬夜叉へ願った。

もうあの貝殻ない。
犬夜叉と、犬夜叉を封印した巫女の間に何が遭ったか、流麗は薄々感じていた。
「行こうか……」
流麗が言った。
「行く?」
「十六夜様のお墓だよ。あれから、全く顔を見せていない」
一行は、“いざよい”と彫られた墓にきた。
その文字からは如何にも、愛しい母を失った哀しみを乗り越えんとするこの男の気が、今も溢れている。
流麗は十六夜の墓前に腰を下ろし、供物を置き、墓石を見つめた。
「十六夜様、流麗でございます。今日はあなたと犬夜叉に、逢いに参りました。
どうか、安らかにお眠りください――」
両手の掌を合わせ、暫く目を閉じた。
かごめ、弥勒、珊瑚、七宝も、同時にそうする。
「犬夜叉の母上、きっと……きっと聞こえているよね」
「うん。きっと流麗さんと逢えて、喜んでいるはずよ」
やがて流麗は右を十六夜の墓に、左を犬夜叉達に向きを変え、そして言った。
「私の母と十六夜様は、とてもよく似ていた。姿形だけでなく、その心もまるで瓜二つだった」
「――――」
「唯一、妖も人も区別無く慈しみ、とても愛しておられた。そうだからこそ、犬夜叉がいる。
ずっと、犬夜叉と十六夜様だけは、闘いに巻き込みたくないと思っていたが、やはり……」
悔やみ、俯く流麗を見て、犬夜叉は思った。
――こんな完璧な奴でも、悩むのか?
犬夜叉は流麗に言った。
「流麗、俺はお前に感謝してる。
命を助けてくれたり、何よりお袋は、お前の笛を聴いて、本当にとても幸せそうだった」
「――――」
「誰でも必ず死ぬ。過ぎていく出来事は、幻なんだ」
「……幻……」
「なあ、もう一度、あの曲を聴かせてくれよ。親父もお袋も、みんな、きっとお前の笛を聴きたいに違いない」
流麗は着物と鎧の間に挿す竜笛を取り出し、魂之舞という曲を吹き始めた。
本当に言葉では言い表せないような、とても麗しい曲。
やがて笛の音に、誰もが皆その曲の中へ引き込まれていった。

−終−

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