“嫌!嫌!”
“耐えよ、耐えるのだ”
“嫌ッ!母上と別れたくなんかないッ!”
“全てはお前と、母の為。耐えるのだ!”
“嫌だぁ――ッ!!!”
犬夜叉達は相変わらず旅を続ける。
奈落と、四魂のかけらを巡る旅だ。
油断は一切できない。
奈落に弟の琥珀を囚われた珊瑚の顔は、時に暗くなる。
そんな珊瑚に誰よりも早く気を遣ってくれるは法師の弥勒だ。
先に歩く犬夜叉とかごめとの距離を広めると、弥勒は珊瑚に言葉をかけた。
「珊瑚、それ以上そんな顔をするな」
「法師様……」
「そんな顔ばかりでは、幸せはどんどん逃げていく。同時に琥珀も戻っては来ない」
「――――」
「いつもの強気でないと、珊瑚は珊瑚ではない。形ばかりだ」
何気ない弥勒の言葉でも、珊瑚はとても嬉しい。
だが、今回は礼は言わず、あえて少し意地悪を言った。
「法師様そんな言葉を言って、私が油断した隙にスケベな事するんでしょう?」
「なっ、何を言うか」
「ごまかしたって無駄だからね。私は法師様の事なら隅から隅まで知ってるんだから!」
珊瑚がここまで言うと、弥勒は何も言わずに急に俯いた。
――ちょっと言い過ぎたかな?
悪気はないとしても、相手は傷つけてしまえば凄い罪悪感に襲われる。
珊瑚は弥勒の顔を覗き込み、素直に打ち明けた。
「あの……法師様、本気にしないでね?法師様の言葉、すっごい有難いよ。いつもいつもそれで元気が出るもん」
「――――」
「だから……」
珊瑚が先を話そうとした時、背筋に悪寒がはしった。
やられた。
本当に、一瞬油断した隙に、このスケベ男は珊瑚の尻を撫でている。
その間もなく、その場に“パアン”っという見事な音が響き渡った。
「何の音じゃ?」
「……言わなくても分かってるでしょう」
「きっとどっかで男と女が痴話喧嘩してるんだ。さっさと先歩こうぜ」
珍しく犬夜叉も事を察した。
でもいつものことだろうと思ってかごめと七宝とささと先を進んだ。
珊瑚はふんと弥勒を無視し、犬夜叉らの後に続く。
「あイタタ……」
と、くっきりと手形がつく頬を撫でながら弥勒も珊瑚の後についた。
暫く歩いた頃、どこぞから女の悲鳴が聞こえた。
前方を見るや、笠を被った女が数人の男に追われている。
誰がどう見てもその姿は強姦としか見えない。
女といえば弥勒の出番だ。
「あ……ちょっと法師様!」
未だ珊瑚の怒りが収まらぬままというのに、弥勒は素早く女の元へ走った。
女はというと、深く笠を被っているので弥勒の姿は首から下は見えない。
だが法師というのは袈裟を見て分かったので、ささと弥勒の背後に身を隠した。
「これこれ、かようなご婦人に何をしているのです?」
冷静な弥勒と裏腹に、如何にも性質(たち)の悪そうな数人の男達はぶっきら棒に答えた。
「何してるだとお!?てめぇにゃあ関係ねぇだろッ!!!」
「やいクソ坊主!痛ぇ目に遭いたくなかったらさっさとその女をこっちによこしやがれ!」
弥勒はふと、己の背に隠れる女を見た。
笠のせいで顔はよく見えないが、どうもすすり泣いている。
もう一度男達と顔を合わし、男達に言った。
「ほれ、お前達が脅かすから。泣いているではありませんか」
「けっ!どうせ嘘泣きに決まってらあッ!!!」
「どうも嘘泣きには見えませんがねぇ〜?」
「あー、もー、ごちゃごちゃとうるせぇ!おい、この女諸共このガキもこの際殺(や)っちまえ!!!」
男たちは手に持つ鉈などを確りと持つと、大きく振り上げ、弥勒を襲い始めた。
凶器を手にしてこちらに向かってくる男達に、弥勒は、性質の悪い不良へ変化した。
それから五分後には、男達は土下座をして、ささと弥勒の傍から逃げていった。
弥勒は膝を地面に置き、女に手をさし伸ばした。
「もう大丈夫ですよ。お怪我などありませんか?」
「毎度毎度、凄い性格の変わりようじゃな」
「本当器用よね〜、弥勒様って」
数メートル離れた所で伺う、犬夜叉と、かごめと、七宝と、珊瑚。
不良の弥勒から仏の弥勒への移り変わりを、七宝とかごめはつくづく感心する。
「ありがとうございます……お蔭で……」
女は笠を取ると同時に弥勒に礼を言う。
笠を取り、弥勒の顔を見た時、女の表情が一変した。
「あら……?お前もしや……弥勒か!?」
「は?」
弥勒はじっと女を見た。
そして、
「あぁっ!あなたは!!!」
と、声を高々にあげた瞬間、珊瑚の怒りが頂点を超えた。
半端じゃないオーバーヒートで、燃え盛る珊瑚は飛来骨を持ち上げ、弥勒に迫った。
「法師様!一体この女は何!?いつどこで口説いたのさ!えぇッ!?」
「母上っ!!!」
「……え……っ?」
「やっぱり弥勒!随分と大きゅうなって!」
誰も一言も喋らず、生暖かい風が、さーっと吹いた。
そして一分か、二分経った時、珊瑚以外が急に数十メートル身を引いた。
「お袋ォーッ!?」
「ママァーッ!?」
「おっかあァーッ!?」
「な、何もそんなに驚かなくても……」
女は立ち上がり、一行の傍へ近づいた。
「弥勒の母の、日美子(ひみこ)と申します」
名を名乗る日美子は更に続け言った。
「夫と息子が修行に行った以来、わたくしは放浪の身。
息子を含め、あなた達の事は時より噂で聞いています。
四魂のかけらと、共通する宿敵・奈落を追い求める旅をしているとか」
「どれだけ噂は広がってんだろうな」
「ある意味おら達は有名人じゃ」
「まさに弥勒とは十三年ぶりの再会。まことに勝手ですが、暫く弥勒と二人きりにさせていただけないでしょうか」
「母上……大変申し訳ないのだが……そんな暇は……」
「いいんじゃない」
珊瑚が言った。
「十三年ぶりなんでしょ?今度いつ逢えるか分からないんだよ」
「――――」
「一日二日くらい、私達も構わないよ。ねっ、犬夜叉、かごめちゃん」
ここで黙っていられないのが犬夜叉だ。
“そんなわけにはいかねぇっ!”
の“そんなわけ”まで言った犬夜叉に、かごめがローファーの踵(かかと)部分で力いっぱい犬夜叉の足を踏みつけた。
痛がる犬夜叉の隙に、かごめは言った。
「私達は構わないよ!弥勒様、たっぷり親孝行してあげてね!」
偶々見つけた空き家に犬夜叉とかごめと、七宝は残った。
「いってぇなあ、ったく」
「――――」
「ってか弥勒を何で行かせるんだよーっ。この前も楓の所で十分休息したってのに。そんな暇ねぇっつーのによお」
かごめに足を踏まれた所を撫でながら、犬夜叉はぶつぶつとやかましく呟く。
そんな犬夜叉に、かごめが冷静に犬夜叉に言った。
「弥勒様、十三年ぶりにお母さんと会えたんだもん。
犬夜叉だって、もしここでお母さんと会えたら嬉しいし、私達を放ってお母さんとどっか行っちゃうんじゃない?
弥勒様だって同じなのよ」
「――――」
「たまには弥勒にも、こんな事があってもいいもんな!」
「……けっ」
当の弥勒は日美子と共に近場を歩いていた。
珊瑚もいる。
珊瑚は先程日美子に暴言を吐いた事を悔やむが、“何故私まで一緒に”という疑問が頭を過って仕方がない。
日美子はふと立ち止まった。
立派な樹を何気なしに眺めながら、そして弥勒に言った。
「あの人が“弥勒は必ず、立派な僧に育てようと”と、私と約束をして、以来離れ離れとなってしまった」
「――――」
「それからほんの数えられる程の年が経った頃に私の元に手紙が来たよ。
きっとあの人からだと思って開けてみれば、違う。無心様からのもので……
あの人がついに己の風穴に飲み込まれて死んだと……書かれていた」
「――――」
「風穴は年々広がり、いつかは惨めな死を遂げる。お前もその運命(さだめ)を背負うているのだ。
今まで、ずっと、時に恐ろしい事が幾度なく頭に過った。
けれどきっと弥勒はどこかで、元気に暮らしているに違いないと……ずっと思って、私もここまで生きていた」
「日美子様……」
「――母上」
弥勒が口を開くと、日美子と珊瑚は同時に弥勒を見た。
「共に行動する仲間達が出来たからには、父上のような死は遂げられません。
いつか……きっといつか奈落を倒し、この風穴を世から消す。
他人と何ら変わらぬ姿になった時、私は必ず……母上の元へ戻ります」
弥勒が笑っている。
だがこれまで見たことのない笑顔だ。
一瞬見た所ではとても強気で恐れなしの笑顔。
けれど良く見てみればどこか頼りない、全ての物事に恐れる少年のよう。
弥勒のその発言に、珊瑚はどことなく寂しい気分に見舞われた。
あとがき
「犬夜叉」で一番気にかかるのはキャラクターの親!
私は「犬夜叉」の今の現状より、一番そういうコトが気になって、
前作の「HERO」では、殺生丸の性格上似立てた母親を造り出しました。
そもそも映画第三弾に犬殺父が出たので、
それぞれキャラクターの親もデビューする日が近いのではないかと思う今日この頃。。
殺母、カゴ父、ミロ&サン母……
「犬夜叉」というアニメが終わるまで、それぞれの親がどうなっているか明らかにしてほしいですよね!
夕方。
流石の大人数だ。
あんなちっぽけなあばら家では狭いばかりと、
弥勒はある村に立ち寄り、一晩泊めてもらうよう頼みこんだ。
村人はあっさり、快く受け入れた。
村娘を使い、一行を大きなお屋敷へと案内してくれた。
結構裕福そうな村で、風呂も飯も豪華なものばかり。
特にかごめの気分は上々だった。
もうすぐ日が変わろうというとき。
珊瑚は眠れないのか、はと起き上がった。
横でぐっすりと寝入るかごめや七宝を起こさぬように、
珊瑚はそっと障子を開け、そのまま部屋を出た。
歩くたびに濡れ縁の板がぎしぎしと音がする。
ふと、珊瑚の足が止まった。
前を見るや柱に背を預け、望月を眺める日美子がいる。
当の日美子も珊瑚の存在に気がついた。
「眠れないの?」
日美子が言い、珊瑚は答えた。
「は……はい、何となく……。日美子様も?」
「何だかね。久々に弥勒と会えて、嬉しさのあまりきっと、心が興奮しているのね」
「――――」
「こっちにいらっしゃい」
日美子の誘いに珊瑚は、日美子の横に腰を下ろした。
そよそよと夜風が吹く。
とても心地がいい。
「あなたはとても幸せ者ね、珊瑚ちゃん」
「え……?」
暫くして日美子が言った。
「ずっと弥勒の傍にいるんだもの。あなたが羨ましいわ」
「――――」
「私の心に残る弥勒は十三年前の弥勒。十三年間、時が止まっているのよ。
でも哀しいとか、淋しいとか思ったことは一度もないの。不思議ね」
「日美子様、法師様……いえ、弥勒様が幼い頃、どんなお方だったんですか?」
「幼い頃?そうね……」
日美子は目線を月に向け、月を眺めながらぽつぽつ呟いた。
「とても泣き虫だったよ」
「泣き虫?」
「今では考えられないでしょう?」
「あ、いえ。弥勒様もやっぱりそんな時があったんだなって、ちょっと安心しました」
「――十三年前の事は、一度も他人には話した事はないの。
知り合いはみんな知りたがるけど、それでも言わない。けれど、珊瑚ちゃんなら……」
ふと頭に浮かび上がった十三年前のこと。
珊瑚なら何でも話せると、日美子はそう思って珊瑚に十三年前を一部始終話した。
『――日美子、話があるのだ』
弥勒の父であり日美子の夫が、日美子と共に人気のない所へやって来た。
夫は日美子に背を向けたまま、考えた末を日美子に打ち明けた。
『日美子、三日後、私は弥勒と共に無心和尚の所へ修行にゆく。もうここへ帰ってくることはない』
『――――』
『お前にはもちろん、重々申し訳なく思っている。
だが……弥勒の手にもあの風穴がある。永遠このままでいることはできぬのだ』
『その事は……弥勒にも申し上げたのですか?』
『……あぁ』
『弥勒はなんと……』
『悔やみながらも、お前との別れを承知した』
『そう……ですか……』
『三日後、お前も家を出ろ。新たな道を歩むがいい』
三日はすぐに過ぎ去った。
必要なものだけ身に持ち、日美子は夫と弥勒と向き合って別れを告げる。
『それでは、くれぐれにもお体だけは気をつけて……』
日美子は手短に夫と弥勒に別れを告げると、二人に背を向けて道を歩み始めた。
どんどん遠ざかる母の背。
『ゆくぞ、弥勒』
父に手を引かれ、弥勒は日美子と逆の方向を歩いた。
だが、その間もなくのことだ。
『嫌……。やっぱり無心様の所には行かない……母上と別れたくない』
『お前にはもう母はおらぬ。忘れろ』
『……嫌!嫌!』
『耐えよ、耐えるのだ』
『嫌ッ!母上と別れたくなんかないッ!』
『全てはお前と、母の為。耐えるのだ!』
『嫌だぁ―――ッ!!!母上―――ッ!!!』
『――――』
「遠ざかっても、夫の声と弥勒の泣き声はよく聞こえた。
弥勒が五つの時だもの、そうなるのも無理はないわ」
「――――」
「哀しいとか、淋しいとか、その後はどうも思わなかったけど、やっぱり……
別れる間までの時間が一番淋しいくて……辛かったのかな」
「――――」
「珊瑚ちゃん、弥勒の事、これからもお願いね」
「え……?」
「夫婦(めおと)になる約束をしているんでしょう?」
「わ……分かりますか!?」
「あなた達の姿を見れば一目瞭然。すぐに分かるわ」
急に顔が熱くなった。
「あなたはとても素直な子ね、珊瑚ちゃん」
日美子がにこっと笑った。
その笑顔を一目見た時、珊瑚は、奈落の手先に殺された母と重ね合わしてしまった。
翌朝、犬夜叉達は旅の続きに出なければならない。
「母上……」
「弥勒、お前に会えて、本当に嬉しかった」
「――――」
「私の放浪の旅はもう終わったわ。今また、あの家へ戻る」
「あの家に……?」
「えぇ。弥勒がいつでも帰ってきてもいいようにしておくからね」
日美子は自分の寄りも大きい弥勒の手を、ぎゅっと掴んだ。
「くれぐれも体には気をつけて……いつかはきっと、また元気な顔を見せて」
再び日美子と別れた。
ひたすら長い道のりを歩く犬夜叉達一行。
犬夜叉やかごめの後に続く弥勒は、何か上の空だ。
かごめと七宝はちらちらと後ろを振り返り、弥勒の様子を伺う。
「のう、かごめ。弥勒の奴、あれからぼーっとしとるが……」
「きっとお母さんと別れて、心底哀しんでいるのよ。今はそっとしておいた方が……」
「けっ、アホらしい。あの不良でスケベ野郎が、そんな事くれぇで哀しむかよ」
「もう犬夜叉ったら……何も分かってないんだから……」
弥勒と並んで歩く珊瑚は、上の空の弥勒にいくつか言葉をかけた。
「――ねぇ法師様、あともうちょっとの辛抱だよ。
あともうちょっとで、奈落を倒せる。日美子様の所へ帰れるんだ」
珊瑚が励ましてくれる。
だが現実派であろう弥勒は、こんな惨い事を言い返してきた。
「奈落との闘いの時、もし私が死ねば……それは叶わん」
「そんなこと……。私がずっと傍にいるから、絶対そんな事はさせないよ」
「――――」
「昨日の夜、日美子様と色々話したんだ。日美子様の笑顔見てると、死んだ母上のことを思い出すんだよ」
「……珊瑚の母君?珊瑚の母君はどんなお方だった?やはり、妖怪退治屋を生業としていたのか?」
珊瑚は黙って首を振り、弥勒に答えた。
「母上は普通の村娘だったよ。とても綺麗で優しくて……
私と琥珀が嬉しかった時は一緒に喜んでくれて、私と琥珀が哀しかった時は一緒に哀しんでくれた。
……最後の会話は……」
『今夜は、夜な夜な城に現る大蜘蛛を退治するんだってね。
珊瑚も琥珀も気を引き締めて、しっかり頑張るんだよ』
「珊瑚……私は……」
「日美子様と約束したんだ。奈落を倒したら私も法師様と一緒に、日美子様の所へ帰るって。
日美子様、笑って約束を引き受けてくれたよ」
「――――」
「日美子様の為に、そんな陰気な顔しちゃ駄目だよ。そんなの法師様じゃない……形ばかりだよ」
「――――」
「あとちょっとの辛抱。みんなと一緒に頑張ろうよ、法師様」
珊瑚はそっと弥勒の手を握った。
珊瑚の果てしない優しさに、弥勒は、どあっても涙目を隠せない。
その数日後に、また奈落や白童子が目前に現れた。
神楽や、更には琥珀の姿もいる。
奈落や白童子の、新たな卑怯で荒い手口でも恐れ戦かず、一行は勇敢に立ち向かう。
彼奴らを倒し、琥珀を取り戻し、いつか再び平穏な時を過ごす。
それが叶うまで、一行は永遠と力を合わして闘った。
弥勒は、懐かしき想い詰まる場所へ戻るまで、幾度なく心に言い聞かした。
――けして、死ぬものか。
E N D
あとがき
雫月ちゃん、お誕生日おめでとうございまつ〜vvv
16歳ですね!!今までと違ったイイ一年を過ごしてくださいなvvv
雫月ちゃん曰く、一話目の冒頭部分と、珊瑚の気持ちと弥勒母の関係がどうなるやらと書いてあったんで、
それを今回事細かく綴らせていただきました。
満足いただけました??